どんな親だったのかを思い出してみましょう

人は誰でも親の影響を少なからず受けています。親を早く亡くしてしまったり、何らかの事情で親と同居できなかった人もいるでしょうけれど、そうした人の場合でも、子どもの頃には何らかの形で「親的」なものを見て、参考にしているはずです。「いい例」として見ている場合もあれば、「悪い例」としていることもありますが、いずれにしても、「参考例」になっています。それがひとつの夫婦生活の基準であり、それと比べて、自分の家庭をどうするのかを考えているものです。

夫には夫の、妻には妻の親がいます。それぞれの親の生活はまったく異なっているでしょう。亭主関白な父親もいれば、家の中では一番小さくなっている父親もいるはずです。細かなことに口出しする人もいれば、大ざっぱで小さなことは気にしない人もいます。父親と母親との関係が良好なこともあれば、不仲でケンカばかりしているということもあるはずです。それぞれの親の違いが、夫婦の理想の違いにつながっています。

それぞれが別々の夫婦像を描いているもの

特に話し合いをしていなければ、夫婦はそれぞれが大きく異なった形の「理想の夫婦像」を持っているものです。老後の夫の役割は「こうである」という考え方が、妻と夫では違っています。妻の役割やあり方についても同じです。それぞれが別々の方向に向かっていては、互いに満足できる関係を築くことができるはずはありません。夫は自分の父親の形を想像して「毎日ゴロゴロしているだけでいい」と思っているのに、妻の方は「旅行に出かけたり、夫婦で散歩したりするべきだ」と思っているかも知れません。

夫婦のあり方に「正解」はありませんが、普段意識はしなくても妻も夫も「こうあるべき」という姿を描いていて、それとの比較で自分たちの生活の満足度を評価しているものです。互いに異なるものさしで生活を測っていては、いつまで経ってもすれ違うだけです。セカンドライフにおいては、こうした「ものさしの統一」が重要です。正解は唯一のものではないことを前提として、どんな夫婦関係を築いていくのかを話し合っておく必要があるのです。若いころには互いの理想が違っていても齟齬は生じにくいものですが、年齢とともにミスマッチは心の傷になりがちですから、早めに手をうつことも大切です。

親のセックスを見ていないから、ないものだと感じている

ほとんどの人が親の性生活がどんなものなのかを知りません。子どもに見られないようにするのが常識ですので、知らないのです。そのために、「老後はセックスしない」と思い込んでいます。両親が70才になってもまだ「現役」だったかもしれないのに、見たことがないために「していたはずがない」と考えます。しかし、実際には多くのカップルが60代、70代になっても性生活をつづけています。

老後の性についての認識を改めることも大切です。セックスはセカンドライフの重要な柱になります。たとえ、ペニスをヴァギナに挿入しなくても、裸で抱き合うなどの性行為は夫婦関係を円満にするもの。互いの理想の性生活についても話し合っておきましょう。