「ふつう」ってなんですか?

「正月にどんな雑煮を食べますか?」と尋ねると、多くの夫もしくは妻が「いや、うちのは『ふつう』ですよ」と答えます。しかし、「ふつう」と語る人たちの雑煮を比べてみると、ある家庭では丸い餅、別の家庭では四角い切り餅。焼いてからいれる家庭もあれば、生のまま入れて煮込む家もあります。ダシはカツオブシのこともあれば、鶏がらスープというところも。醤油味もあればみそ味もあり、具もそれぞれ異なっていたりします。

自分たちが「ふつう」だと思っている夫婦の間ですら、互いに異なる常識を持っている場合もあります。それが心のすれ違いの元になるケースも少なくありません。老後に向かうに際しては、それぞれのもつ「ふつう」について話し合っておくことも大切でしょう。

「常識」の違いが心のすれ違いになります

「ふつうの夫は、家に帰れば会社でのできごととか、仕事のグチだとかを妻に話すものでしょう? ウチの夫はそれをしないんです」「ふつうの妻は、子どもを大切にするもんじゃないですか? ところがウチの妻ときたら、子どもの教育にはぜんぜん熱心じゃなくて…」 こんなグチをこぼしていませんか?

結婚とは、異なる常識を持つもの同士が一緒に暮らすことです。本来はその折り合いをつけるための話し合いが必要ですが、日本の多くのカップルがそれをしていません。自分の持つ「標準」を相手に押し付けて、密かな不満を持ち続けたまま何年も過ごしてしまうのです。

60才を過ぎ夫が定年退職して毎日家にいるようになると、そうしたすれ違いに気づくことが増えていきます。そうして、自分は相手のこんなところが「嫌い」だったんだ、と思うわけです。熟年になって離婚するカップルの多くが、長年密かに我慢してきた点に改めて気づいたことが発端になっています。

性生活でも異なる常識を持ち続けていることも

「男はセックスのときにもっと優しく女性を扱うものでしょう?」「妻は夫が望めばオーラルセックスするものでしょう?」と性生活についてもそれぞれが「ふつう」を持っています。でも実は結婚以来、何十年も夫婦生活を続けてきたカップルでさえ、自分の普通を押しつけ合って相手に我慢を強いている可能性もあるのです。男性が自分の性欲を発散するためにささっと夜の営みを済ませて、それで妻も満足しているものだと思い込んでいるケースも多々あります。

「60代になったらもう夫婦生活は卒業」と考える人もいれば、「70、80になっても性は必要」と考える人もいます。夫婦にとって、性生活はとても重要なものです。それについて二人の間でコンセンサスが築かれていないと、死ぬまで不満を抱え続けることになってしまいます。老後を迎えるにあたっては、性について夫婦で話し合うことも必要です。そして、必要であればお互いが満足できるようにじっくりと時間をかけて、丁寧にセックスをしてみること。そのためにはED治療薬のバイアグラなどを活用することも積極的に行うべきです。それを妻に黙って使うのではなく、きちんとオープンに話すことで、妻への気遣いを示すことにもなります。このようなプロセスでお互いの「ふつう」のギャップを埋めていきましょう。

若いころにはあからさまに話しあうことのできなかったテーマも、「いい歳」になれば飾らず話し合うこともできるはずです。心を開いて素直に話し合うことで、セカンドライフを充実したものにしましょう。